しあわせさがせ?

たらたら日記帳

久米島の叔父

法事で親戚一同集まっているところに顔を出してきたのですが、
昔世話になった叔父に久しぶりに会えたので色々と話してみた。


この叔父、俺の人生において密かに師匠と仰いでいる人の一人で、
俺が幼少時代、毎年のように故郷の久米島に行く度に相手してもらった。
遊んでくれたのもあるけど、蔵書を色々読ませて質問に答えてくれた。
百科辞典から始まり、宇宙論共産党の暗部とか話題が幅広かったw
博物館や発掘現場によく連れ出して、学校以外の勉強を見せてくれたなぁ


今も元気に、役場に努めつつ研究をすすめているタイプなので
割と立場が似ている俺に参考になる話もちらほら聞けたりする。
癖のある性格なので叔父を苦手としている親戚もいたりするけど、
俺とは一貫して仲良くさせてもらってます。変人扱い同士だしw


叔父の最近の研究テーマは「昭和20年の久米島」。
戦中の久米島がどういう状況なのかを包括的にまとめる試み。
今までそこを編纂した人がいないので、完全に一から調べてます。
聞き取り調査して、現場や資料で裏付けとって、当時の空気を再現。


考古・民族学専攻の叔父とは畑違いなので想像でしかないんだが、
おじーおばーの言葉尻全部捕まえて意味が合っているか辞典引いて、
証言に矛盾がないか確認して積み上げるとか根気どころか、執念。
風土・風習なんて見えないものを扱うのは難しい作業に違いない。


もう時間がない、ってのを何度も口にしていたなぁ。
戦争を覚えている世代って相当高齢化しているし、痕跡も消えつつある。
「今、俺がやらないと久米島の戦争の記憶が永遠に失われるからやる」
この一言がかなりカッコよかった。叔父の姿勢に学ぶ点は多い。


今、俺が大学で教育とか研究に首を突っ込んでいることを
叔父はとても喜んでくれたけど、まだまだ顔向けできるレベルじゃない。
自分の使命、やりたいこと、残したいこと、色々模索してます・・・